日々、日中間の様々な情報に触れる中で強く感じることのひとつが、「情報とは意図や目的がある」ということです。

情報を発信する側は恐らく、(このように流せば、読者にはおおよそこのように受け取られるだろう/読者にはこのように受け取ってほしい)という予測や期待のもと「情報」を流しているのではないでしょうか。事実は時に、あるいは往々にして、発信側にとって望ましくあるべく誇張や省略がされがちなのではないだろうかという思いがぬぐえません。

外国語の学習をお勧めするのは、そのような「微妙に演出された事実」を鵜呑みにするのではなく、多様な情報そのものに直接触れられるようになるからです。誰かの思惑等に左右されず、事実に近づくことができるからです。

外国語を学ばずとも、「情報」の背後に秘められた意図に対する視線、客観的な態度はとても重要なものに思えます。